自分らしく生きるとは

 

自分らしく生きるとは『本来の姿自然なありのままの自分)』をとりもどし今、ここにいる本当の自分を自由に楽しませしあわせに生きることであり『自分の花を咲かせて生きる』ことです。

 

そのためには自然のルールにしたがうことがたいせつになります。


自分の花を咲かせて生きる

 花(はな)=本来の姿

自然なありのままの自分・本当の自分。
自分らしく生きているだけで、美しく輝き、神様から『授けられた仕事』によろこびをもって楽しみながら精をだすことができる。

 
種(たね)=本質
生まれながらにもっている生き物としての本性。
生きるための『本能』と『特質』がこめられている。
 
色(いろ)=特質

その『花』らしさである『個性』や『才能』。
『個性』や『才能』を磨き活かすことで、神様から『授けられた仕事』に精をだすことができる。『個性』や『才能』は『色』によりそれぞれ違っている。


根(ね)=自我

自分らしく『生きる力』の基。

『本能』を満たし『特質』を活かすことで『花を咲かせて生きる』ことができ、夢や希望をかなえることができる。

 

 
おしべとめしべが受粉=子孫を残す
男性と女性が結ばれ子どもを授かることで『命』をつなげる。
  


『自分の花を咲かせて生きる』ためには・・
 『からだ』と『こころ』の声に耳をかたむけ『本能』と『直感』を信頼し、どんな自分であっても自分を愛する(=認め、受けいれ、たいせつにする)『自尊心』と自分の『種』の『素晴らしさ』と『強さ』を信じる『自己肯定感』を高く保つことがたいせつになる。

 

自分の花を咲かせよう・・』もあわせてご覧ください。 

 


『自然のルール』にしたがい『自分の花を咲かせて生きる』

 

自然のサイクル
自然のサイクル

自然界の生き物は『本能』や『直感』を信頼した『神聖なる野生』を『生きる力』として・・

 
神様から『授けられた仕事』によろこびをもって楽しみながら精をだすことで『お互いさまのおかげさまのありがとう』のつながりのなかで、生きるために必要なものをめぐりめぐっていただきあい、この『自然のサイクル』のなかで生かされています。

 

これが『自分の花を咲かせて生きる』ことになり『自然のルール』にしたがっていることになります。

 

人も『本能』や『直感』を信頼した『神聖なる野生』を『生きる力』として・・

 

好きなこと・得意なこと・やりたいことにワクワクしながら、まごころをこめて、精一杯、楽しむことで『特質』である『個性』や『才能』は磨かれ活かすことができ、神様から『授けられた仕事』によろこびをもって楽しみながら精をだすことができます。

 

すると、人も『自然のルール』にしたがって生かされるようになります。

 

この『自然のルール』にしたがうことは、自然とつながることでもあります。

 

 
みんなつながっている・・そして、めぐりめぐっている』もあわせてご覧ください。
 


自然とつながる

自然とつながっている『からだ』と『こころ』は『あたま』でバランスがとれているため『直感』がさえています。

 

『直感』は、必要なものを教えてくれたり、危険を察知して安全に生きられるように導いてくれるものです。

 

自然とつながっているため『感性』が豊かで、この世のさまざまなことを感じる『情緒』があり、多様なものを『思いやる』ことができます。

 

ところが・・

 

『からだ』と『こころ』の声がきこえても『あたま』で自分の本当の望みを抑えこんだり、無視してしまうと、本来の『本能』は歪められてしまいます。

 

すると・・

 

自然のものである『からだ』と『こころ』は『あたま』でコントロールされ、バラバラになり葛藤するようになります。

 

過去の体験からつくりあげられた善悪をはかる『ものさし』と『思い込み・決めつけ』による『レッテル貼り』により、外界からの刺激が引き金となり『生存』と『防衛』のための判断が『あたま』で常にくだされ、『からだ』で感じる『感覚』と『こころ』で感じる『感情』はリンクしながら、無意識のなかで『情動』が起き『からだ』と『こころ』はひっきりなしに揺れ動きストレスを感じるようになります。

 

このような『生存』と『防衛』のための判断により『論理的・合理的』に傾きすぎた『理性』は『あたま』をクルクル回転させ、自分にとっての無駄や不都合を排除しようとしてしまいます。

 

こうして・・

 

もともと自然の生き物である人の『食べる・寝る・排泄する・(性を交わす)』という基本的な『からだ』の『欲求』も『特質』である『個性』や『才能』を活かして生きる『こころ』の『要望』もままならなくなり『からだ』は不調をきたし『こころ』は安らぐことができなくなってしまいます。



本来の姿とは

 

どんな姿であっても、ありのままの本当の自分のことが好きで、そんな自分に自信をもち、いつでもこころに素直に正直でいることができれば、その人は美しく輝きだし、その人らしいしあわせを感じながら、自由に生きることができるようになります。

 

仕事で何かをなしえているとか、人として立派なふるまいができるとか、お金がたくさんあるとか、友達がたくさんいるとか、好きな人と結婚できたとか、こどもに恵まれているとか、趣味や娯楽を存分に楽しんでいるとか・・だけが、素晴らしい姿や夢や希望をかなえているというのではなく・・

 

地位や名誉があったり、美しい風貌であったり、お金がたくさんあったり、素晴らしい家族がいたとしても、自由な時間がなかったり、仕事やお金や風貌のことで神経をすり減らしていたり、家族や仲間たちと不仲だったり、孤独にさいなまれていたとしたら、どうでしょう・・自分が欲しかったものを手にいれることができたとしても、しあわせになれるとは限らないことがわかります。

 

たとえ、どんな自分であっても、自分の『個性』や『才能』を活かした仕事に励みよろこびや楽しみを感じられることや、気があう人たちに囲まれて笑顔でいることや、自分らしい自由なひとときを楽しめる時間があることや、ペットとほっこりできる毎日であることや、毎日のご飯が美味しいことや気持ちよく眠れることや便通がすっきりしていることなど・・日常のふとしたことにしあわせや安らぎを感じられる日々を生きている・・そのことが、すでに、夢や希望をかなえてしあわせに生きていることになるのではないでしょうか・・。

 

人とくらべることなどできない『自分らしい』しあわせを感じられるつつがない日常が、実は最も尊く『本来の姿』にもどり自分の花を咲かせて生きている』ことになるのだと思います。

 

それには・・

 

『ありのままの本当の自分』のことを知り、どんな自分であっても自分を認め、受けいれ、自分を愛することがたいせつになります。自分のことを愛せずして『自分らしく生きる』ことなどできないからです。

 

『自分のことを愛する』という自然でシンプルなことが、実は、一番難しく、人は『無意識』のなかで自分や人のことを責めたり、嫌ったりしているものです。

 

けれども・・

 

自然とつながり『自然のルール』にしたがって生きるようにしていると、自分を愛する『やさしさ』や自分を守る『強さ』や『賢さ』や『勇気』が培われ『生きる力』とすることができるようになります。

 

すると・・

 

『ありのままの自分』を愛せるようになり『本当の自分』でいることに、リラックスしていられるようになります。

 


変化にともない『からだ』と『こころ』をととのえる

 

地球は周波数が高くなり『本来の姿』にもどるための大きな変化を遂げようとしています。

 

物質の時代から、本当の『こころ』や目に見えない世界のことを誰もが、理解できる時代へとシフトしています。自然のものである『からだ』と『こころ』は、その変化を感じとり、とても過敏になってきています。

 

今までの古い生き方とは違った新しい生き方として、本来の『ありのままの自分』をとりもどし『自分らしく生きる』ときが来ています。

 

『あたま』であれこれ判断する『理性』より、『からだ』と『こころ』の声を感じとる『感性』をたいせつにして、本当の自分の気持ちにウソをつかず『自分らしく生きる』ために、必要ではなくなったものを手放し新しいものを取りいれこれからもたいせつにしていきたいものを守っていく、これをそれぞれの個人が『自由な意志』や『感性』によって選択する時代へとシフトしています。

 

こうした多様な価値観や世界観が、それぞれの道(パラレルな世界)をつくり、それぞれの花がその花らしくイキイキと共存・共生・共栄できる楽園にもどろうとしています。

 
今までとはまったく違った『意識』をもち、多様なあり方や多様な物の見方・考え方をお互いに尊重しあえる『思いやり』をもった社会にすることで、共に生き・共に栄えていけるような未来にすることがこれからの生き方となっていくでしょう。

 

地球は、今までの闇や傷から膿をだし、誰もが笑顔で暮らしていけるような調和の時代へと変化してきています。

 

そのためには『からだ』と『こころ』の声に耳をかたむけ、高くなった地球の周波数にあうように『からだ』と『こころ』を整えることがたいせつになります。

 

 さぁ~、古い殻にとじこめてきた自分を解き放ち・・

 

気持ちよく深呼吸して『本来の姿自然なありのままの自分)』の無邪気なこどもにもどり、自分の花を咲かせて生きましょう。